
私が青山さんを応援しようと思ったきっかけは伯母に連れられて、初めて講演会に足を運んだ時でした。当時はまだ小学生で、政治なんてあまり興味も無ければ、知識もありませんでした。
始めは「知らないおじさんが政治について淡々と話すだけ…どうせつまらないだろう…」と思っていましたが、青山さんが話し始めた途端、私のその考えは一瞬にして吹き飛んでしまいました。
私の目の前で堂々と熱弁する青山さん。私はその姿に感動し、無意識に青山さんの話に聞き入ってしまいました。私はその日から「この人を応援したい!もっとこの人から政治について学びたい!」と思いました。
それから私は政治について沢山勉強し、青山さんの講演会やイベントにも積極的に参加し、青山さんが執筆された本も沢山読みました。(更に伯母と共に追っかけも…笑)
青山さんの講演会や本を通して感じた熱意は私の心を動かしてくれました。こんなにも熱心で努力家の青山さんを私はとても尊敬しています。これからも青山さんを沢山応援していきたいです。

日月神示に始まり予言者書大好き私は、やっと青山繁晴先生を見つけ、人生最後の最高の喜びです!
青山繁晴さんはどんな時も、奢らず高ぶらず、誰にも同様に接し、暖かい眼差しで、一緒に考えよう! と呼びかけて頂けます。
子育てと、会社に明け暮れる人生で、『政治は投票するだけ!』の観念を、政治は私達には、身近なものと教えて頂きました。
You Tubeで青山繁晴さんを知り、ブログを読み、始めて行った街頭演説会での感動の数々、諦めかけていた日本の未来に希望が芽生えました。
『一緒に考えよう』の言葉の元に、主権者=国民の可能性に導かれ、向い合い、無力の非力の微力ですが、ささやかな努力が出来るようになりました。
青山繁晴さんの『一致点を探す』の大変さ、それも多極面に渡り現場主義で通し、多極面を繋ぐ努力は、功績を求めず淡々と繋がれる姿に敬服します。
青山さんのブログや You Tubeやお話から、政治がとても身近に理解できるようになり、その様が楽しくなりました。
この行間では言い表されない程の感謝です。
お陰様で、ご英霊の叔父、重傷軍人の亡父に見えられます。
(70代・女性・元会社経営)

子供たちのために、この国を護りたい。日本と言う国を次の世代に引き継ぐために必要なものは何だろうか。その答えが青山繁晴氏の言霊である。その言霊に心を動かされ応援をするようになりました。(50代・男性・会社員)

2012年に自民党が政権に返り咲き、第二次安倍政権が誕生した時、テレビや新聞の伝える情報が府に落ちず悶々とした日々を送る中、ラジオの「ザ・ボイス」の木曜日を偶然聞きました。
青山さんのお話は目から鱗の情報や解説ばかりで、何故もっと早く聞かなかったんだと後悔しました。それからはありとあらゆる青山さんが発信する情報を聞き逃すまいとしています。
そして青山さんが国会議員である現在、日本にこの人がいてくれて本当に良かったと心から思っています。(50代・女性・主婦)

政治に関心が薄かった数年前、関西テレビのアンカーという番組をふと見た時、青山さんの熱い語り口と今まで聞いたことの無い視点に感動し一発で引き込まれ、その後ネット番組やラジオなどむさぼるように見るようになりました。
「人のために」という姿勢、「女子は何をしても良い」という女性を大事にする考え方、
子供を見ると顔が緩んですごく優しくなるところなど青山さんを応援する理由は多々ありますが、一番は生きる勇気をもらうことです。これからも応援していきたいです。(40代・男性・自営業)

政治家・青山繁晴氏の御活躍の様子は興味ある方には御自身で御調べ下されば幸甚に思います。
おそらく、青山繁晴氏のお近くでその「つぶやき」さえも伺って来たであろう数少ない者の一人として応援する理由を述べさせて戴きたく思います。
青山繁晴氏の使う、「日本語」の美しさ、正しさに於いて、非常に魅力を感じております。
また、大和ことば、宮中ことば、そしてサムライことば、日本書記から万葉集、等々、文学少年でもあられた青山繁晴氏は、多種多様なことばを深く理解され、人々に訴える際にはそれらのことばに、青山繁晴氏の「魂」を吹き込み、自らの「ことば」として、こども達へ、同時に目上の御高齢の方へ、現役世代の若い方々へ、敬意をこめて御伝えになるその御姿に私自身は惚れ込んでおります。
皆様、どれだけ「日本語」を愛しておられるのでしょうか?
日本語の秘めた「御力」「歴史」「先人の智慧」「民族としての誇り」等々、これらを熟知し、御自分を律し、如何なる時にも、例え「呟き」であってもにほんごの言葉を崩さず、若い世代に伝え続ける、青山繁晴氏と言う一人の日本男児の志そのものの「ことば」に是非触れて戴きとう御座います。
末筆乍ら「最後の授業」アルフォンス・ドーデと言う著書の一節を書き留めさせてください。
※一部引用※
《ある民族が奴隷となっても、その国語を保っている限り、牢獄の鍵を握っているようなものなのです》と語り、生徒も大人たちも、最後の授業に耳を傾ける。やがて終業を告げる協会の音が鳴った。それを聞いた先生は蒼白になり、黒板に「フランス万歳!」と大きく書いて「最後の授業」を終えた。
(40代・女性・自営業)

私が青山繁晴さんを応援する理由
・支持母体がない
・現場現実主義
私は政治家の方もよく来られる場所で働いていました。
先生方の隣にはとても綺麗な秘書さんがいて、イチャイチャして膝に軽くタッチしているところを見て残念な気持ちなった事があります。また沢山の企業、宗教、労働組合などと手を結び、利権の代弁者になり。国会議員の椅子にしがみ付き、先生と言われ気持ちよくなっている姿が残念でしょうがありません。
私たちの税金がこんな人のために使われているのか?と思うと、辛くなりました。
テレビなどでは正義感あふれる国民の代弁のような事を言っても、実際は違うのか落胆しました。
心のどこかで、メディアから非難中傷されても、国民から税金泥棒と言われても、本当はやる事やってくれているだろうという思いがあったからです。
その国会議員さんの事を調べてみました。議員になりたての頃は、それなりに頑張っていて、いろんな問題や政策を実現しようと頑張っていたのです。
ではなぜ、こんな姿に成り下がってしまったのだろうかと考えました。
もっと日本を良くしたいと思い立ち上がり立候補したはず、しかし国会議員になるには、票が必要。その票をもらうには、各種団体と裏で手を握り、人、物、金を提供して当選しているという現実がありました。
手を握ったら最後、支援してくれている団体の言いなりです。結局この世は資本主義の世界なのかと思っていました。
そんな中、2016年の参議院選挙の全国比例で48万票を得て国会議員になった人がいます。しかも、どこからも支援を受けず。
青山繁晴さんです。
全国的な知名度もない、しかし知る人は知る、エネルギー資源、拉致、国家安全、女性の地位向上。
自腹でメタンハイドレートという資源の開発、自衛隊派遣決定時は、自ら中東に乗り込み現地調査。原発事故発生時、民間人として初の調査。
現場現実にみずから行って本当の事を伝え、どうするべきかを一緒に考えようとしてくれる姿勢が心打たれ応援しようと思いました。
このホームページは過去の青山繁晴さんの記事をまとめたサイトです。
少しでも皆さんが考えるきっかけになってくれたら嬉しいです。
(30代・男性・派遣社員)

青山繁晴さんを応援するようになった経緯は関西テレビ「スーパーニュースアンカー、青山繁晴のニュースDEズバリ!」でした。
・私は裏を取っていないことはお話ししません!
・来週あたりこうなります。
とお話しされたことがそのとおりになる。驚きでした。またこの人の解説を聞きたい。
毎週水曜日青山さんのこのコーナーは16:50〜17:20、夕方忙しい時間なので、毎週録画し巻き戻ししながら聞きました。
祖国、憲法9条、安全保障、外交とは、皇紀ということば、日本軍が酷いことをしたではないこと、拉致被害者の方々のこと、知らなかったことをたくさん教えていただきました。
ここまでしてくださる青山繁晴さんに感謝、私のできることをしたい。
(50代・女性・介護職)